34『引き止めてくれる呼び声』



 僕はそこを離れなければと思った。
 何故かは分からない。
 とにかく離れなければと思い、荷造りをした。

 翌朝その荷物を持って村を出た。
 早朝なので畑を荒らすタヌキの他には誰も道にはいなかった。
 そのタヌキを追っ払うと、その畑主に見付かった。
 大きな荷物を背負っているので、村を出ようとしている事は明白だった。
 ばれてしまった時、僕の心に罪悪感のようなものを感じた。

 その畑主のおじいさんはお礼にと僕に朝食をごちそうしてくれた。
 村を出ようとする僕に理由を聞いてきた。
 僕は答えられなかった。
 代わりに僕は聞き返した。
 何故おじいさんはこの村にずっといるのですか?
 おじいさんは答えてくれた。
 この村の良いところやこの村で経験した思い出等を。
 僕は時々笑って聞いた。

 聞き終えた時、僕はこの村を出たくなくなっていた。
 しかし、僕は行かなくてはならないような気がした。
 おじいさんに別れを告げようとするとおじいさんはたった一言言った。
 この村に残るわけにはいかんかね?
 僕はその一言で村を出る気を無くしてしまった。

 僕が村を出なければならなかったような気がした理由。
 それはきっと村をもっと大切に思いたかったからなんだ。



「「うぅあああぁぁぁっっっ!」」

 二重の叫び声がファトルエルの南西部の入り組んだ道に響いていた。
 その音源は猛スピードで西通りに向かって北上中である、一匹の大きなサソリだった。しかしこの辺で良く見られる運搬サソリとは違うようだ。少し小さいし、赤っぽい。そして速い。
 運搬サソリとの骨格の微妙な違いがそのスピードを実現させているのだろう。

 運搬サソリはもともとこの厳しい自然の砂漠の交通手段として人間が改良したものだ。走りは安定し、揺れも少ない。さらに背中が平べったいので、たくさんの荷をのせるのはまさにぴったりの生き物だった。
 しかしこの音源のサソリはそれとは全く違い、全体的に流線形で背中は丸っこく姿勢が低い。
 スピードを出すために全てを犠牲にしたかのように安定性に悪く、その背中の揺れは地震どころの話ではない。
 背中に乗っている者たちにとってはまるでロデオのようだ。

 このサソリに乗っている人数は三人。一人は唯一つある御者席に座り、少し尻を浮かして、自分に来る振動を上手くさばいている。
 あとの二人は……悲惨だった。
 栗色の髪をした青年は、必死で手がかりのないサソリの背中にしがみつき、もう一人の黒髪の眼鏡を掛けた青年はしがみつく力もないのか、栗色の髪の青年の腕にやっと引っ掛かってゆらゆら揺れている状態だ。

「うあああぁぁぁっっ!」
「ちょっとうるさいスよ。操縦に集中出来ないじゃないスか!」

 叫びをあげる二人に御者席の一人、コーダは迷惑そうに言った。
 それを聞いたリクは無我夢中といった感じで怒鳴り返す。

「ば、馬鹿たれぇっ! 俺たちを振り落とすつもりかぁっ!」
「な〜に言ってんス、おいらこれでもまだまだセーブしてやスよん」

 リクの抗議にコーダは肩ごしに振り向き、笑って答える。
 そしてリクが呆れている横ではカーエスが悲痛な叫び声をあげていた。

「もうあか〜ん! もうあか〜ん! カンニンしたってお母ちゃ〜んっっ!」

 右へ左へ曲がる道のお陰で重心は縦横無尽に散らかり、リクとカーエスを振り回す。そして、南西区から西通りに出るときの大きなカーブに掛かる。
 するとサソリはいきなりサソリを横に向けた。そしてしばらく慣性の法則でカニ走りさせたあと、カーブ出口辺りで思いきり加速する。
 その途中でついにリクと、そこに捕まっていたカーエスが振り飛ばされた。

「「でええぇぇぇっっ!?」」

 しかし空中を飛んでいる時に折よくサソリの尾が傍に来たので、リクは慌ててそれを掴んだ。その事によりカーエスも運良く助かった。
 反り返った尾はまるで木のようにそびえ立ち、関節部分が多いので背よりもずっと捕まりやすく、リクはホッと一息を付いた。

 コーダの操るサソリ《シッカーリド》はリクたちが思っていたよりずっと早く彼らを北西区にある第四決闘上に運んできた。
 目指す場所が見えてきたところでコーダがもう一度後ろを振り返って言った。

「一気に飛んで中に入りやす! しっかり捕まってるんスよっ!」
「ちょ、ちょっと待てぇぇ!」

 それを聞いたリクたちの顔面が蒼白になる。
 しかしもはやコーダに声は届かない。リクたちは覚悟を決め、しっかりとしがみついてその時を待った。

 しかし、その時は来なかった。
 いきなり前方から大規模な炎が襲い掛かり、コーダはそれを避けるために《シッカーリド》を急停止させた。
 その反動で尾に捕まっていたリク達は宙に放り出され、砂の地面に落ちる。

「な、何が起こったんだァ……?」

 リクが顔をあげると、そこにはどこか見覚えのある、白髪まじりの髪を持った、小柄な初老の男が立っていた。彼は何故か満足そうな笑みを浮かべて倒れたリク達を見下ろしている。
 何者かを思い出そうとしていると、リクの下の地面がもぞもぞと動く。

「は、はよ退けェ……っ!?」

 上に乗っていたリクを押し退けて顔を上げたカーエスの言葉の語尾は疑問に釣り上がる。リクとは違い、カーエスはこの男としっかりとした面識があった。

「い、イナス=カラフ……!? 何でここに?」
「イナス=カラフ? ああ、そうか」

 リクは大会前日式典後、ジルヴァルトに目を合わせる前に彼を見た事があった。だから見覚えがあったのだ。

「“滅びの魔力”の重要性には魔導研究所側も気付いているようだからな、どうせ邪魔が入ると分かっていた。カルク=ジーマンかマーシア=ミスターシャが来るかと思っていたが、まさか先ず貴様らがくるとはな。これも縁というものか」と、イナスが口元に不敵な笑みを浮かべて言う。

 二人はさっと立ち上がって、腰を低く構え、臨戦体勢をとった。
 憎々しげにカーエスが怒鳴る。

「この嘘つきジジイ! フィリーのどこにワレの血ィが流れとんねん!」
「嘘つきはお互い様だ、小僧。貴様も知らないと嘘をついた」

 イナスが冷静に言い返す。
 一度だけとはいえ、面識のある者同士の挨拶が済んだところでリクが言った。

「イナス=カラフ、そこを退け。俺達はお前じゃなくて中に用があるんだよ」
「そういうわけにはいかん。我々は今、最重要任務の最中だ。邪魔をされては困る。……どうせあの小娘を助けに来たのだろう? 安心しろ。あの小娘の魔力は我々にとって必要なものだ。放っておいても殺しはしない」
「殺さんだけやろ? おんなじ事や」
「何にしても、ここをタダで通す気はないらしいな……なら腕ずくで通るまでだ」

 リクが改めて戦闘体勢に入った時、横にいたカーエスが身を寄せ、リクにだけ聞こえる小声で言った。

「ここは俺が何とかする。あんたはコーダに何とかしてもろうて中に入れ」
「え?」
「こいつらは一筋縄じゃいかん奴らや。二人掛かりで闘うても簡単にはカタ付けられへん。だったら手分けした方がええ」

 カーエスの申し出は意外だったが的確だった。
 確かにこのハッタリの利かない状況での優勝候補を倒した二人を前にしたこの自信。過信だと見ても相当手強いに違いない。
 一刻一秒を争う今、手分けしてでもフィラレスの元に一人は行かねばならない。
 しかしリクは先程の戦闘で覗かれたカーエスの気持ちを踏まえて言った。

「だったら俺がここに……」
「アホッ、妙な気ィ使うな。俺はあんたに負けたんや。もう遠慮せんでええ。それに……」

 そこでカーエスは言葉を切った。そして表情を少し曇らせる。
 意味深長な言葉の切り方に、リクが首を傾げた。

「それに?」

 問われて、カーエスは意を決したように言葉を続けた。

「フィラレスが助けを待っとるとしたら、おそらく俺やない。お前や」

 フィラレスは言葉が話せない分、根の素直な部分が行動に出やすい。乙女心などの言葉にしにくい事は特に、だ。五年もの年月の間ずっとフィラレスを見ていたカーエスには彼女の心情がかなり正確に読み取れるようになってきていた。
 そして認め難くはあったが、心の底で彼女の気持ちが分かっていたからこそ、ああしてリクに突っかかって戦闘を挑んだりしたのである。

「カーエス……」
「合図したらサソリに乗って行ったれや。後は心配せんでええ」
「でも……」

 リクがさらに何か言おうとすると、カーエスはこれ以上口を挟ませない、と意思表示をするように魔導を開始した。

「《鷲掴む炎》よ、その灼熱の炎によりて我が敵を燃やし尽くせ!」

 灼熱の炎がイナスを包む。
 しかしイナスは炎を前にしても全く身じろぎはしない。
 そしてたった一言唱えた。

「《散(サン)》っ!」

 そのたった一言でカーエスの放った魔法は雲散霧消する。
 続けて詠唱する。

「《炎(エン)》っ!」

 同時にカーエスも防御魔法を詠唱する。

「ここに敷かれしは《水の陣》、熱気は決して入るべからず!」

 カーエスの周りに青く光る円が描かれ、彼を襲う激しい炎を水が遮断した。
 二つの魔法がぶつかり、カーエスは叫んだ。

「今やっ、行くんや!」

 その言葉に弾けたようにリクが《シッカーリド》の上に飛び乗った。

「コーダ、頼む!」
「合点! 舌噛まないように気をつけて!」

 コーダは返事をすると、《シッカーリド》の背中に手を当てる。

「《シッカーリド》が足に宿れ《飛躍》の力!」

 タイミングよく、《シッカーリド》は足を屈伸させ、魔法が発動すると同時にジャンプした。
 すると、その巨体は空を舞い、あっという間に決闘場を越す高さまで跳躍すると八角形のバトルフィールドの中にその身を踊らせた。


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 未練に涙を浮かべながら砂に沈んで行くフィラレスを、ジルヴァルトは何を言うまでもなくジッと見つめていた。
 彼は彼の属している組織から“滅びの魔力”の確保、つまりはその持ち主であるフィラレスの確保を目的としてこのファトルエルにやってきたわけだが、その目的に従うつもりも毛頭なかった。
 普通に大会が進行していれば従ったかもしれない。
 しかし目標の彼女が現れ、そして殺してくれと言う意思をその目に宿らせていた。
 生きる意思の無い者を生かすつもりはなかった。

 そして少女は完全に砂に沈んでしまった。
 “滅びの魔力”ならギリギリになればあの封印魔法《魔縛りの影》も破れるかもしれないと身構えていたジルヴァルトだったが、それも杞憂に終わった。
 と、思った時、彼に影が差した。
 ジルヴァルトが大して驚きを見せずに上を見る。それと共に彼しかいなくなったバトルフィールドに注がれていた観客の視線が上空の光を遮る物体に注がれた。

 その先には逆光で黒く見えるが、明らかに大きなサソリのものと思われる腹部と足が見えていた。そしてその巨体はあっという間にバトルフィールドに着地し、地響きと共に砂埃をあげる。
 そこから降りてきた人物の一人にジルヴァルトは見覚えがあった。
 サソリに乗っていた、栗色の髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ青年はサソリから飛び下りるなり、周囲を見渡し、寸前に沈んでしまった少女の姿が確認出来ない事を認めるといきなりジルヴァルトの方に振り返り、睨み付けて言った。

「フィリー……フィラレス=ルクマースをどこにやった!?」
「答えさせてどうする気だ?」
「助け出すに決まってるだろ」

 リクの答えを聞いて、ジルヴァルトはゆっくりと首を降る。

「その必要はない。……あの娘は元から死ぬ気で俺に挑んできた」
「なっ……!?」

 その言葉にリクが目を見張らせる。
 驚きと動揺を隠せないリクに対し、ジルヴァルトは更に続けて言った。

「制御が出来ないくらい大きな力を持つと、自分の意思とは裏腹に他人に被害を与える事が多い。おそらくあの娘はそれを何度も経験し、その都度罪の意識を溜め込んで来たのだろう。その罪の意識からあの娘は自分が死ねばもう人が傷付く事はないと考えた。
 しかし自殺しようにも防御本能が働き、それに連動して“滅びの魔力”が発動する。だから自ら死ぬのもままならない。あの娘が死ぬ事ができるのはあの“滅びの魔力”の衣を貫く事ができる者のみ。
 その者としてあの娘が選んだのが俺だった。折角死ぬ事ができるのに、助け出すと言うのはそれを邪魔する事になる」

 ジルヴァルトは淀みなく、そして抑揚もなく言った。その口調はまるでフィラレスの全てを知っているかのようだ。そんな絶対の響きを持つ神の信託のようなジルヴァルトの言葉に抗うようにリクは怒鳴り返した。

「それは違う! フィリーは生きる意思がなかったんじゃねぇ! 死にたかったんじゃねぇ、死ななきゃって思ってたんだ! ホントはずっと生きていたいんだよ!」

 すると、ジルヴァルトはゆっくりと地面のある一点を指差して答えた。

「ならば呼び掛けてみろ。娘は砂の下だ。沈んでしまったのはお前達が来る寸前、意思があればまだ助かる」

 リクは数瞬、ジルヴァルトを睨み付けたままでいたが、やがて振り返りバトルフィールド全体に聞こえる大声で呼び掛けた。

「フィリーッ! どこにいる!? 聞こえてるなら、生きたいなら、応えてくれ! 手を伸ばしてくれ!
 俺言っただろ!? あきらめるなって、昨日言ったじゃないか! なのにどうして死のうとするんだ!? どうしてお前が死ななきゃならないんだ!? お前は全然悪くない! 死ぬ必要もないんだ!
 お前の“滅びの魔力”なんてただの運命のいたずらだ! だったら生きてりゃ何とかなるって! 死ぬことなんてないんだよ!
 カルクもマーシアも! カーエスも! 俺も! 誰も、お前に死んで欲しいなんて思ってないんだ!
 死ぬな! 生きるんだ! フィリー! 頼むから手を伸ばしてくれぇっ!!」


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 生の世界の一歩外側にあるのが死の世界、と言う訳ではない。そのどちらでもない領域というものがあるのだ。それは一本の道で“死出の道”と呼ばれている。その灰色の道以外は真っ暗で何も見えない。何の存在も感じられない。
 フィラレスは今、その“死出の道”を死への世界に向かって真直ぐ歩いていた。
 彼女は歩きながら時々後ろを振り返るが、その背後には誰の姿もない。
 そして何の音もない。
 少し孤独を感じたが、人間死ぬ時は孤独なものなのかもしれない。

 しばらく進むと、死の世界が目前に感じた。
 ここを一歩踏み出すともう戻れない。
 躊躇と言うほどのものではないが、フィラレスは一度立ち止まってもう一度、生の世界を振り返った。
 無論振り返っても何が見える訳でもない。
 フィラレスは前を向くと一歩を踏み出そうと足を上げた。

 その瞬間、何故か地響きを感じた。
 彼女は反射的にもう一度、生の世界を振り返る。

 人の声が微かに聞こえた。
 何を言っているのかまでは分からなかったが、周りの音が無いだけにその声はどんな声か良く分かる。あの青年の声だ。
 微かに彼女は口元を綻ばせた。姿を見る事が出来なかったが、声を聞く事が出来た。
 幻聴かもしれない。それでも、嬉しかった。

 これこそ未練が無くなると言う事なのかもしれない。そんな事を考え、フィラレスは深呼吸をし、フィラレスはこれまでとは違った比較的明るい心境でもう一度、死の世界に向き直った。
 しかし一歩は踏み出さなかった。

 声がまた聞こえたからだ。
 あの青年の声が、昨夜彼女を叱りつけた声が彼女の名を呼んでいる。
 幻聴じゃない。
 リク=エールが、フィラレス=ルクマースの名を呼んでいた。

 どうして彼女が死ななければならないのだと問うた。
 彼女は悪くない、だから死ぬ必要はないと言った。
 彼女の魔力は運命のいたずらで、生きていれば何とかなると言った。
 彼女の大切な人達、そして彼自身が彼女に死んで欲しくないのだと言った。

 そして、死ぬな、と。
 生きるんだ、と。

 聞こえているなら、生きたいのなら手を伸ばして欲しいと言った。

 聞こえている。
 生きたい。
 手を伸ばしたい。

 聞こえてくるリクの言葉は、彼女にとってとても魅力的に感じた。
 そして、死に向かう彼女が一番聞きたかった言葉だ。

 しかし、私が生き延びれば、また傷付く人々が出るのではないだろうか。
 生きたいと思うのは私の我が儘になるのではないだろうか。

 そんな疑問も彼女の心に浮かんだが、彼女はリクならこう言うに違いないと言った。
 それがどうした、と。
 お前が“滅びの魔力”をしっかりと操れるようになれば誰も傷付かない。お前の魔力だ、操れないはずがない、と。
 そう思った時、彼女は生の世界へと手を伸ばしていた。

 そして生の世界、砂の上に手が届いた感触があったすぐ後、彼女は自分が引っぱりだされるのを感じた。
 聞こえるのは観客たちのどよめき。
 そして見えるのは、会いたかったリク=エールの温かみの感じられる顔。
 彼女は生の世界に還った瞬間、リクに抱き着いた。


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 引き上げた瞬間、フィラレスに抱き着かれたリクは思わぬ事態にひっくり返ってしまった。

「お、おい」と、リクが声を掛けようとすると、彼女がすでに気を失ってしまっている事に気がついた。
 リクは黙って、フィラレスの頭と顔の砂を軽く払ってやると彼女の身体を担ぎ上げた。
 そして向き直るはジルヴァルトである。

「俺達、これから逃げるんだけど……邪魔はしてくれるなよ」
「する理由がない」

 ジルヴァルトがたった一言答えると、リクは安心した表情になる。

「一つ聞くが、お前の相棒はフィラレスを殺さない、と言ってたんだが、結局助けるつもりだったのか?」
「助けるつもりはなかった」

 つまり、ジルヴァルトはイナス等とは少し違っているらしい。
 しばらくの沈黙が二人の間に流れた。
 その沈黙を破ったのは、意外にもジルヴァルトだった。

「俺も一つ聞きたい事がある」
「何だ?」
「一昨日、お前は俺に殺されかけたはずだな。そして昨日は俺がシノン=タークスを殺したのを見て逃げた」
「あ、知ってた?」と、リクは苦笑して言った。
「それが今日は俺を相手にしている娘を助けに来た。つまり俺と闘う覚悟があったと言う事だ。……どういう風の吹き回しだ?」

 リクは少し考えた後、簡単に答えた。

「気付いたんだよ。俺はお前に勝つ事ができるってね」

 そして少し間を置き、続ける。

「昨日、一昨日まで全く勝てる気がしなかったんだけどな。ま、ちょっとしたはずみってやつさ」
「……俺に……勝つだと?」

 ジルヴァルトが少し眉を動かした。
 リクが見た限り、彼が動揺を見せるのはこれが初めてだった。

「貴様、正気で言っているのか?」
「生憎、酒はほとんど飲めねーし、まだボケる歳でもない」

 リクはしれっと答える。
 そして、リクがはっと思い出したように、担いだフィラレスの左腕を持ち上げた。

「フィラレスは助かったけど、勝負はお前の勝ちだ」と、フィラレスの左腕にはめられていた腕輪を外して言った。
 その言葉に反応するようなタイミングで腕輪が砂に還る。

 その瞬間、鐘が鳴った。
 ファトルエルの決闘大会の決勝を闘う二人が決定した事を知らせる鐘だった。

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